

集団塾で伸びないからといって、途中から個別指導塾に移る子どももいるが、併用の場合は別として、完全に個別指導塾だけに切り替えた場合は失敗することが少なくない。その理由は、個別指導の実情の項目で詳しく述べるが、ひと言で言うと、勉強の絶対時間が減るからである。勉強時間が減れば、成績の向上はおぼつかない。どのタイプの塾を選ぶにせよ、最終的に一番大事なのは教えてくれる講師の力量、とくに重要なのは「熱心さ」である。必ず会って、話を聞いてみることだ。会わせてくれないような塾は選択肢に挙げる必要さえない。これから「お客様」になる可能性のある人たちをみすみす逃がしてしまうような可能性が高い「塾側か会わせたくないような講師」が教えていると疑ってみるべきだろう。
社会的階層による大学受験競争の格差だけでなく、もう一つ新たな格差を想定しなければいけないと考えている。それは、地方と都会の格差である。もともと東大合格者数については、地方と都会、とくに首都圏との格差が問題にされていた。たとえば、二〇〇四年度の東大合格者数のランキングを見る限り、上位二〇校がすべて中高一貫校で占められている。そのため、中高一貴校のない地域からは東大に入れないという神話までできつつある。私も実はそう信じていたのだが、実際の統計を見る限りでは、東大合格者に対する東京や首都圏出身者の比率はこの二〇年それほど大きくは動いていない。確かに中高一貫校出身でないと不利なのだろうが、いっぽうで地方にも衛星予備校のようなものが増え、東京と同じレベルの講義が受けられるようになったり、六年一貫でないために現役のときは中高一貫校出身の受験生に勝てないが、浪人して東京の予備校に通えば逆転可能という受験生がまだかなりの数いるのだろう。
本当の意味でのコミュニケーション能力を身につけるためのぬるまゆ訓練を積んできた人だけに、現行の英語教育の問題点が鮮明に見えているのだろう。日本の英語受容史・学習史上に残された、さまざまな資料を検証した上で推測的に言えるのは、現行の小学校の「英会話」教育が何の効果ももたらさないということである。さらに予言として言っておけば、一旦始めた以上、ここで引っ込みのつかない語学行政は、それが何とか効果を上げるまで執拗にその政策を押し進めようとするだろう。おそらく、次に考えるのは、小学校における「外国語(実質的に英語)」の必修化。それでも駄目なら、授業時間数を増やし、英語教師を増やしていくのだろう。一刻も早くこの政策を止めないかぎり、目本の英語教育は駄目になる。英語教育の質の低下ばかりか、気づいたときには、日本語の(さらなる)乱れ、早期英語教育の犠牲になった科目の学力低下まで起こる危険性がある。学校における英語教育は、中学からで十分。中学・高校で基礎の訓練をみっちりとやって、その上で各自必要とあらば、自分にもっとも適した英語力を作っていけばいいのである。
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